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検証9:ヴォイチェホフスキ書簡・第2期――

Inspection IX: The letters to Wojciechowski, Part II -

 


12.モリオール嬢こそが、ショパンの本当の初恋の人である―

  12. For Chopin, Alexandrine de Moriolles is the person of true first love -

 

 ≪♪BGM付き作品解説 ワルツ 第17番 変ホ長調 遺作▼≫
 

今回紹介するのは、「ヴォイチェホフスキ書簡・第14便」である。

まずはカラソフスキー版による手紙を読んで頂きたい。文中の*註釈]も全てカラソフスキーによるもので、改行もそのドイツ語版の通りにしてある。

 

■ワルシャワのフレデリック・ショパンから、

ポトゥジンのティトゥス・ヴォイチェホフスキへ(第14便/カラソフスキー版)■

(※原文はポーランド語、一部フランス語が混在)

183094日(と思っている)、ワルシャワにて

僕の考えはますます混乱したようになっている。僕はまだここにいて、出発の日をはっきりと決める決心がつけられない。僕にはまるで、永遠にワルシャワを離れるかのように思われる;我が家に永遠のさようならを告げるような予感がしてならないのだ。ああ、生まれ故郷以外の場所で死ぬなんて、どんなに辛い事だろう。僕が臨終の床に就く時、僕の最愛の家族の代りに、冷淡な医者や雇われの使用人の顔を周りに見るなんて、どうして耐える事ができるだろう。本当のところ、親愛なるティトゥスよ、僕は、僕の重い心を楽にするため、しばしば君の所へ行きたくなるのだが、でもそれが出来ないので、なぜとも分らず外へ飛び出すのだ。しかしそうしたところで、落着かない僕の憧憬の心は、静まりもしなければ満足もせず、そして僕は、ただ溜息をつくために再び家に戻るのだ……

僕はまだ協奏曲を試していない。とにかく、僕はミカエル祭の前に、僕の宝物*グワトコフスカ嬢に対する愛着を指している。]を背後に残して去るだろう。ウィーンでは、僕は永遠のため息と樵埣とを宣告されるだろう。人の心は、もはや自由でない時にはそういうものだ。君は、あの言いようのない力がどんなものか、とてもよく知っているが、でも、いつも人が、何かもっと良い事を明日に期待するるあの奇妙な感情を、君は説明する事ができるかい? “そんな愚か者になるのはよせ。”と言うのが、僕が自分に得られる答の全てだ。もし君がもっと良い答を知っているなら、どうか話してくれたまえ……

この冬の僕の計画はこうだ;ウィーンに2ヶ月滞在しようと考えている;そのあとイタリアヘ行き、おそらくミラノで冬を過ごすだろう。ソリヴァは、彼の弟子達が出演するオペラはいつも自分で指揮をする;僕が思うに、そのうち彼はクルピンスキの位置を奪うつもりだろう。彼はすでに馬具に片足をかけて、偉い騎士*当時ワルシャワの国民劇場の頭取だったロヅニエツキ将軍。]に後押しされている。

僕は、今日は何も無しに手紙を終えるが、何も無いどころか、これらはすでに僕が言った事ばかりだから、もっと悪いな。今は11時半で、僕はまだ部屋着(※フランス語)のままで座っているのだが、しかしモリオルカ(※モリオール嬢)が僕と一緒にCの家の晩餐に行くためすでに待っているはずなのだ。僕はそのあとマグヌシェフスキを訪れる約束をしておいたから、このぺージを書き終えるために4時前に帰って来られず、だから残りの白紙部分の光景が僕を悩ませるのだ。

しかし僕は無駄にくよくよしてもいられないし、そうでないと(手紙を)終わらせられず、モリオルカが本当にがっかりするだろう;それに、君も知っている通り、僕は善意を保障できる人達と愛想良く接するのが好きだからね。僕は、帰って来てから彼女に会いに行ってなくて、それで、僕の落胆の原因はしばしば彼女が理由だと白状しなければならない;他の人達も同じ意見のようで、少なくともこれが僕にほんの僅かな満足を与える。父は微笑んでいるが、もしも全てを知ったら泣くだろう。僕は全く幸せなように見えるが、でも僕の心は……

来月の今日まで、ワルシャワから出した手紙を君が受け取る事はないだろうが、親愛なる友よ、また、おそらく他のどこから出したのも受け取る事はないだろう;おそらく、僕らが会うまでは、君が再び僕からの消息を聞く事はないかも知れない。僕は今、ナンセンスな事ばかり書いている;ワルシャワを出発するという考えだけ……

だがちょっと待ってくれ、たぶん君の境遇も良くはないだろう。人というのは、いつも幸せだとは限らないし、この世では、幸福の時期は短くて時々授けられるだけだ;それで、なぜ長くは続かないこの夢から逃れようとするのだ?

僕は時々、世の中との交際を神聖な義務だと考えるが、またある時は、それを悪魔の発明だとも思う。それに、こうだともっと良いだろう、もしも人間が……だがもう沢山だ……時間は飛ぶように過ぎていくし、僕は(顔を)洗わなければならない……今は僕にキスしないでくれたまえ……だが君は、仮に僕がピザンチン・オイルで塗られていたとしても、磁石にでも強制されない限り僕にキスしないだろう。さようなら。」

モーリッツ・カラソフスキー『フレデリック・ショパン、その生涯、作品と手紙』(※ドイツ語原版・初版)

Moritz Karasowski/FRIEDRICH CHOPIN, SEIN LEBEN, SEINE WERKE UND BRIEFEVERLAG VON RISE & ERLER, BERLIN 1877)、

及び、モーリッツ・カラソフスキー著・エミリー・ヒル英訳『フレデリック・ショパン、彼の生涯と手紙』(※英訳版・第3版)

Moritz Karasowski translated by Emily Hill/FREDERIC CHOPIN HIS LIFE AND LETTERSWILLIAM REEVES BOOKSELLER LIMITED 1938)より 

 

 

それでは、今回の「ヴォイチェホフスキ書簡」も、その内容をオピエンスキー版と比較しながら順に検証していこう。

       オピエンスキー版の引用については、現在私には、オピエンスキーが「ポーランドの雑誌『Lamus.1910年春号」で公表したポーランド語の資料が入手できないため、便宜上、ヘンリー・オピエンスキー編/E.L.ヴォイニッヒ英訳『ショパンの手紙』Chopin/CHOPINS LETTERSDover PublicationINC))と、「フレデリック・ショパン研究所(Narodowy Instytut Fryderyka Chopina)▼」と言うサイトに掲載されているポーランド語の書簡資料とを照らし合わせながら、私なりに当初のオピエンスキー版の再現に努めた 

       カラソフスキー版との違いを分かりやすくするために、意味の同じ箇所はなるべく同じ言い回しに整え、その必要性を感じない限りは、敢えて表現上の細かいニュアンスにこだわるのは控えた。今までの手紙は、本物であると言う前提の下に検証を進める事ができたが、「ヴォイチェホフスキ書簡」に関しては、そもそも、これらはどれもショパン直筆の資料ではないため、真偽の基準をどこに置くべきか判断がつきかね、そのため、今までと同じ手法では議論を進められないからである。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#1.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

183094日(と思っている)、ワルシャワにて」

18309月]たぶん4日 土曜日、[ワルシャワにて]

 

まず日付についてだが、前回の「第13便」は831日」なので、今回はそれから僅か4日しか経っていない。

ショパンは前々回の手紙で「来月のある日(10日)に出発する」と書き、そして前回も「僕は、次の週には本当に出発するつもりだが、その事で僕を信じてくれていいよ;それは9月の事で、明日はその1日(ついたち)だからね」と書いていた。

ところが、ここへ来て出発の日を決めかね、少なくとも今週中には出発しない事になったので、急遽、ヴォイチェホフスキにその由を知らせなければならなくなった訳だ。だからショパンは、こうして立て続けに手紙を書いていたのである。

 

 

今回も、カラソフスキーは冒頭の挨拶を削除している。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#2.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

 

「最も親愛なるティチュ!

君に言いたい、偽善者よ、」

 

この箇所は、いつもなら「我が最も親愛なる生命よ!」などの常套句が使われていた訳だが、それが前回、初めて「ティトゥス」という名前で呼び、そして今回は「ティチュ」となっており、ショパンがヴォイチェホフスキの事をこのように愛称で呼びかけるのもこれが初めてである。その一方で、それに続く冒頭の挨拶では、前々回の「嫌気がさすほどの偽善者よ!」が再び復活している。

ショパンは前回の手紙でも、文中では、

「もしも僕の2通の手紙に、君がそれらを読んだだけで、君の偽善と虚偽(※不誠実、裏切りの意味もある単語)を治療するような、神に祝福された結果がもたらされるといいんだが、そうしたら僕はどんなに幸せだろう!」

と書いていたから、これで、ポトゥジン訪問以来、ショパンは3通連続でヴォイチェホフスキの事を「偽善者」呼ばわりしている事になるが、実はこれは次回もなのである。

もちろんこれは、強い愛情表現の裏返しではあるのだが、それだけに、ポトゥジン訪問で発覚したヴォイチェホフスキの「偽善と虚偽」が、いかにショパンの心にわだかまりを残していたかが分かるだろう。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#3.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「僕の考えはますます混乱したようになっている。僕はまだここにいて、出発の日をはっきりと決める決心がつけられない。僕にはまるで、永遠にワルシャワを離れるかのように思われる;我が家に永遠のさようならを告げるような予感がしてならないのだ。ああ、生まれ故郷以外の場所で死ぬなんて、どんなに辛い事だろう。僕が臨終の床に就く時、僕の最愛の家族の代りに、冷淡な医者や雇われの使用人の顔を周りに見るなんて、どうして耐える事ができるだろう。」

        ほぼ同じ。

 

この箇所が、私には何か奇妙な違和感を覚えるのだ。

と言うのも、ショパンはなぜ、今この時期に「永遠にワルシャワを離れるかのように思われる」などと考えているのだろうか?

まるで将来自分の身に起きる事を予言するかのように、そしてこれは実際そうなる訳なのだが、私が奇妙に感じるのは、なぜ今の時点でそんな「予感」がしているのか?という事なのだ。

たとえば、今までの夏休み中の海外旅行とは違って、予めその期間が長期に及ぶ事は分かっていた訳だが、しかし本人にその気さえあればいつでも帰って来られるはずである。もしも帰れなくなるとしたら、それは、自分の意思とは無関係に、祖国の状況が何らかの事情で変わってしまう以外にはないはずなのだ。

そしてそれは正しく、かつて父ニコラがそうなったのと同じ運命を意味するもので、ニコラは1787年にフランスからポーランドへ渡り、その2年後に勃発したフランス革命によって、彼自身には帰る意思があったにも関わらず帰れなくなってしまった。

つまりショパンは、それと同じように、これから僅か数ヵ月後にワルシャワに反乱が起きる事を、そしてそれが失敗する事によって祖国が大きく変わってしまう事を、その事をこの時点で知っていなければ、このように「永遠にワルシャワを離れるかのように思われる」などと決して考える訳がないと言う事なのである。つまり彼は、最初から「ワルシャワ蜂起」が成功しない事まで「予感」していたと言う事になる訳だ。だが果たしてそんな事がありえるのだろうか?

確かにこの時期、近い将来ロシアに対する反乱が起きるかもしれない事が予想されていた可能性は高く、そうであれば、ポーランドの貴族社会とつながりを持っていたショパン家にも、当然その情報はもたらされるはずである。だから、それを受けてショパンがこのような事を考えたとしても少しも不思議ではない。

しかしそれはあくまでも、我々がこの後ポーランドに何が起こるのかを知っているからこそそう思うのであって、現在進行形の当事者にしてみれば、あかたも最初から反乱がうまくいかない事を前提にして物を考えたりなどしないだろう。

それがつまり私の感じる違和感なのだ。

 

したがってこの箇所は、ヴォイチェホフスキによって加筆されている可能性を考えない訳にはいかないのである。

 

なぜなら、もしもこの時期、本当にワルシャワに反乱が起きる事が予想されていたのなら、当然、ショパン以上にヴォイチェホフスキもその事を知っていたはずである。しかしだとしたら、このヴォイチェホフスキが、予めそれが分かっていながら、ショパンと一緒に暢気に外国へ行くような真似をするだろうか?

伝記の上では、このあとヴォイチェホフスキはショパンと共にウィーンへ渡り、そしてその直後に勃発した「ワルシャワ蜂起」の知らせを受けて、ショパンには芸術こそが彼の本分なのだからと残るよう説得し、自分だけポーランドにとんぼ返りした事になっている。そして彼は帰国後、「ワルシャワ蜂起」「大尉補として参戦」し、その後それを称えられて「軍事騎士号の金製十字勲章を拝受」する事になる(失敗に終わった反乱なのに?)

このように、ヴォイチェホフスキと言う人物は、正に非の打ち所のない英雄的存在として、ショパン伝における一つのクライマックスをドラマチックに演出する役割を担っているのである。

だが、ちょっと待って欲しい。

もしも彼が本当に「ワルシャワ蜂起」「大尉補として参戦」するような人間なら、最初からそのような反乱が起きると予想できた状況では、決して祖国を離れたりなどしないのではないのか?

それについてはまたその時に詳しく説明するが、ヴォイチェホフスキは急遽ウィーンから戻る訳だから、およそ1ヶ月近くは遅れてやって来る事になってしまうのだし、しかも、そんな緊迫した時期に、いかにも反乱に参加しそうな屈強な若者が、ロシアの検問を潜り抜けてポーランドに入国するのは容易ではないはずである。

そう言った諸々の事情を考慮しても、この時期に、ポーランドの独立を願う若者が、それが分かっていながら祖国を離れるなど常識的に考えにくい。

 

つまり、ショパンの手紙に書かれている内容と、ヴォイチェホフスキが実際に取ったとされている行動には、どう考えても筋と言うものが通っておらず、全くもって現実離れした事ばかりなのである。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#4.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「信じて欲しい、親愛なるティトゥスよ、僕は、僕の重い心を楽にするため、しばしば君の所へ行きたくなるのだが、でもそれが出来ないので、なぜとも分らず外へ飛び出すのだ。しかしそうしたところで、落着かない僕の憧憬の心は、静まりもしなければ満足もせず、そして僕は、ただ溜息をつくために再び家に戻るのだ……」

信じて欲しい、できる事なら、ホトキエヴィツの所に行って、君と一緒にいるような心の安静を求めたいと願っている事を。ところが今は、家から出て通りを歩き、昔を思い出し、また家に帰って来る、何のために?――ただ塞ぎ込むために。

 

カラソフスキー版では、ショパンはヴォイチェホフスキの所へ行きたいとなっているのだが、オピエンスキー版ではそれが「ホトキエヴィツ」の所となっている。この人物については全く情報がないので何も分からないが、おそらくヴォイチェホフスキと非常に縁のある人物だと思われ、彼の所に行けば、ヴォイチェホフスキと一緒に生活していた頃のような心持になれる何かがある…と、そう言った事なのではないだろうか?

だとするとカラソフスキーは、いつものように、あくまでもショパンとヴォイチェホフスキの2人だけにスポットが当たるよう、2人以外の共通の友人の存在をここでも抹消している事が分かる。

 

 

次の箇所もまた、カラソフスキーの作為がはっきりと分かるものだ。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#5.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「僕はまだ協奏曲を試していない。とにかく、僕はミカエル祭の前に、僕の宝物*グワトコフスカ嬢に対する愛着を指している。]を背後に残して去るだろう。ウィーンでは、僕は永遠のため息と樵埣とを宣告されるだろう。」

「僕はまだ協奏曲のリハーサルをしていない;どうなるにせよ、ミカエル祭の前に、僕の全ての宝物を投げ出し、ウィーンへ行き、永遠のため息をつく事を運命付けられるのだ。こんな馬鹿らしい事はないんじゃないか?――」

 

このカラソフスキー版の註釈は、明らかに「意図的な嘘」である。

この「僕の宝物」は、オピエンスキー版では「僕の全ての宝物となっており、ここのポーランド語原文はwszystkie moje skarbyで、このskarby「宝物」を意味する単語なのだが、実はこれは単数形ではなく複数形なのである(※単数形だとskarb)。だからオピエンスキーの英訳版でもall my treasuresと複数形で訳出されている。

つまりこの複数形の「宝物」とは、言うまでもなく、自分の家族や友人知人達みんなを指しているのであり、決して誰か特定の個人を指しているのではない。

ところがカラソフスキーは、当然それを分かっていながら、わざとこれをmy treasureと単数形に書き換え、強引に[グワトコフスカ嬢に対する愛着]だとこじつけている。

 

なぜわざわざそんな事をしたのか?

 

理由は簡単だ。

カラソフスキーは、ヴォイチェホフスキと結託して、「第4便」において「理想の人」なる架空の人物をでっち上げた。

しかしながら、当然それは実在していない人物なので、だから彼らには最初から、それが誰であるかを特定する予定はなく、リストのショパン伝における「ポーランドの少女」のように、文字通り伝説上の存在として済ませられるものと安易に考えていた。

ところが彼らは、外国人のリストとは違って、共にショパンの遺族と交流を持つポーランドの関係者である。したがって、当然「理想の人」の正体を知らないはずがない。だから自然の成り行きとして、彼らは「理想の人」を発表後、自分達の身内や関係者から絶えず問合せを受け、それをそのまま無視し続ける事ができなくなってしまう。

そこで「グワトコフスカ嬢」に白羽の矢を立て、「第12便」において、実はそれは彼女だったと註釈するに至る。

その結果、その「第12便」以降は、引き続き読者の興味に応えるためにも、伝記や手紙の内容を“「理想の人」[グワトコフスカ]路線”に設定変更し、常にその話題を提供する方向で話が進められる事になったのである。

ただし、前回の「第13便」と前々回の「第12便」では、そこに普通にグワトコフスカの話題が書かれていたから良かったのだが、しかし今回はそれがない。

何故ないかと言うと、ショパンはグワトコフスカが2回の演奏会を行なって以降、彼女とは会っていないからだ。会っていなければ、彼女に対して特に何の話題もない訳で、すなわちショパンにとってグワトコフスカは、最初からそのような音楽関係でしか興味の対象ではない友人知人だったと言う事なのである。

なのでカラソフスキーは、今回は取り敢えず何でもいいから、この手紙の中から「理想の人」とこじつけられそうな記述を探し出し、その結果、この「僕の全ての宝物(複数)に白羽の矢を立てたと言う訳である。

しかしだ、そうやって今ここでこのような註釈を入れるくらいだったら、「第4便」で「理想の人」が告白されて以降、そのような註釈を施す機会はそれこそいくらでもあったはずだ。

私が「第4便」以降、再三に渡って、ショパンが“初恋の真っ只中”である事を匂わす記述が一つもないと指摘して来たのは、こう言う事なのである。「第5便」から「第11便」の間と言うもの、「理想の人」に関する続報もなければ、その事実を連想させるような記述すら全くなかった。それなのに、「第12便」でいきなりそれが[グワトコフスカ]だった事にされたと思ったら、今度は逆に、それ以降は直接関係のない記述に対してすら、このように無理やり「理想の人」と結びつけて註釈するようになっていると言う有様なのである。

この、いかにも唐突で極端な方針転換は、明らかに後付で取り繕った「アリバイ工作」のようなものであり、最初から認識されていたはずの真実に基づくものではあり得ない。

こんな子供だましのような嘘が今の今まで通用してきたのも、ヴォイチェホフスキが抜け目なく手紙の原物を処分した事はもちろんだが、更にそれをフォローする要素として、ポーランド語の持つ特殊性とマイノリティーが隠れ蓑になっていたからでもある。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#6.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「人の心は、もはや自由でない時にはそういうものだ。君は、あの言いようのない力がどんなものか、とてもよく知っているが、でも、いつも人が、何かもっと良い事を明日に期待するるあの奇妙な感情を、君は説明する事ができるかい? “そんな愚か者になるのはよせ。”と言うのが、僕が自分に得られる答の全てだ。もし君がもっと良い答を知っているなら、どうか話してくれたまえ」

こんな馬鹿らしい事はないんじゃないか?――君は僕の可能性をよく知っているのだから、説明して欲しい、なぜ人は、今日を生きてながら明日何が起こるかについて自問せねばならないのかを。愚か者になるな、と言うのが、僕が自分自身に与えられる唯一の答だ。――君の考えを手紙に書いて教えてくれたまえ。

 

この辺は抽象的でやや哲学的な自問自答なので、ある程度意訳になるのは仕方ないだろう。

 

 

次の箇所は、カラソフスキー版では「……」によって省略が示唆されているが、実際にそうだった。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#7.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「……」

オルウォフスキはパリにいる。ノルブリンが彼に約束をしたらしい、新年になるまでにヴァリエテ劇場で彼の役を見つけ出すと。 ル・シュウールが彼を暖かく迎え入れ、彼の今までの音楽教育を覚えておくと約束したそうだ。その同僚は、もし彼自身がやりたいという気を起こしさえすれば、うまく行くだろう。

 

オルウォフスキ」と言えば、彼とショパンはエルスネル門下の相弟子(=「同僚」)で、ショパンがワルシャワでプロ・デビュー公演を行なったあと、ショパンの協奏曲からテーマを採ってマズルカ等を書いて出版した人物だ。ショパンはその事を不快に思っていたから、もしかすると、ショパンが前回「それはそうと、ベルリンのある新聞に、ワルシャワでの音楽に関する馬鹿げた記事が載っていたよ」と腹を立てていたのは、自分の名前がそんなオルウォフスキ」より2番目」に連ねられていたのが気に食わなかったのかもしれない。次回の手紙にも、それらしき事が書かれている。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#8.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「この冬の僕の計画はこうだ;ウィーンに2ヶ月滞在しようと考えている;そのあとイタリアヘ行き、おそらくミラノで冬を過ごすだろう。」

        ほぼ同じ。

 

ここで注目したいのは、ショパンはこの時点では、ウィーンには2ヶ月」しか滞在しないつもりでいた事だ。

 

 

次の箇所はカラソフスキー版では削除されている。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#9.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

 

手紙は受け取れるようにする。モリオルヴナ嬢(※モリオール嬢)は昨日、湖畔地帯から帰って来た。ルドヴィク・レムヴィエリンスキはワルシャワにいるので、ルールスの家で彼と会った。そこではエルネマンを相手に、《トルコ人》と《アグネス》、イタリア人とポーランド人について論争していた。

 

カラソフスキーがこの箇所を削除した理由は2つある。

一つは、言うまでもなく、ショパンが本当の恋の相手であるモリオルヴナ嬢(※モリオール嬢)の事を気にかけているのが気に入らないからだ。

もう一つは、「エルネマン」「レムヴィエリンスキ」が、この前のヴォウクフとグワトコフスカが出演したオペラ《トルコ人》《アグネス》について論争していると言うのに、ショパンがその話にそれほど関心を示していない事だ。

何度も言うが、もしも本当にグワトコフスカが「理想の人」でしかも「僕の宝物」だと言うのであれば、この「レムヴィエリンスキ」がその彼女についてどのような感想を持ったのか、ショパンが気にしないはずないだろう。それなのにそんな様子は全くない。

ショパンにとって、あれはもう終わった話で、前回の手紙で報告した以上の事は何もないのである。だからもうそれほど関心がないのだが、カラソフスキーは、それを読者に悟られたくないのか、とにかくこの箇所を削除している。

 

また、ここに書かれている「イタリア人とポーランド人」と言うのは、おそらくソリヴァとクルピンスキを指しているものと思われる。

ショパンは手紙の中でソリヴァの事をよく「イタリア人」と書いているし、次の箇所はその2人についての話題が書かれている。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#10.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「ソリヴァは、彼の弟子達が出演するオペラはいつも自分で指揮をする;僕が思うに、そのうち彼はクルピンスキの位置を奪うつもりだろう。彼はすでに馬具に片足をかけて、偉い騎士*当時ワルシャワの国民劇場の頭取だったロヅニエツキ将軍。]に後押しされている。」

「ソリヴァは、彼の女の子達が出演するオペラはまだ自分で指揮するつもりだ;君は分かるだろうが、彼は徐々にクルピンスキの仕事を奪うつもりだろう。彼はすでに馬具に片足をかけて、勇敢な髯面の騎兵隊の士官*おそらくロヅニエツキ将軍について言及している。]が彼を後押ししている。」

 

ショパンは「第9便」でソリヴァの事を「狡猾なイタリア人だ」と言っていたし、「第8便」では、ソリヴァとクルピンスキが、ショパンについて書かれた新聞記事をめぐって言い争うような場面も見られた。

クルピンスキは劇場のバンドマスターなので、ソリヴァがその地位を狙っていたと考えているのだろう。

 

 

以下の部分は、カラソフスキー版ではごっそり削除されている。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#11.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

 

オシンスキは自分の領地にはいない。パルシュテット氏が、亡くなる数日前のラスタヴィエツカ夫人に会っていた。(夫人は)自分の病状を知っていたと彼は言っている。パルシュテット夫人は君に対する言葉を伝え置いたそうだ、君が僕をタレティンのところへ意図的に案内しなかったことについて怒っている、と。これは彼女の冗談で、老いた女性同士のおしゃべりは、他人には嫌になる話だ。ところが、人によってはそれに興味を持つ者もある。今日は、アルプスの歌手たちが劇場に出演する予定だ;これは一種のチロル風の歌で、2年前と同じ歌手たちだ。――多分君は覚えているだろう。グロッセルが彼らの演技は下手だと言っていたが、『ワルシャワ通信』は上手だと言っている。今日、僕は彼らの出演には行かない。それよりも、水曜日に、ムニシュコフスキ宮殿で、“レスルス”(オペラ)に出演する彼らを聞きに行く方が良いと思っている。舞踏会はかなり盛大にやるそうで、庭園で彼らが歌うそうだ。レスル家の末裔で、2家に分離した後の、法廷での家族闘争、つまり、一方ではゼイドゥレル家、ザクシェフスキ家とその他の人たち、他方ではシュテドィンケレル家、ジェラゾフスキ家とその他の人たちの争いについてヴィン(ツェント)・スカルジンスキが僕に言うところでは、彼の親族の方が負けたが、上告しているとの事。彼らの事を“ミョドヴァの人たち”(何故なら、彼らはミョドヴァ通りに住んでいるから)、一方、シュテドィンケレル家のグループは“ムニシュコフスキ家の人たち”と名付けられている。この説明は、君にこの事を書くために必要だ、すなわち、ミョドヴア派は負けたが、法的に負けたのではなかった。ブッフホルツは彼自身の楽器 “ア・ラ・シュトライヒャー”を完成させ、彼はそれを上手に弾いており、彼のウィーンの楽器より良く出来ているのだが、そのウィーンのウィーン製のものからは程遠い。

       ミョドヴァ通り シドウの註釈によると、[それは蜂蜜通りとも言われ、ワルシャワの主な音楽店、ブルゼジィナ、ゼネヴァルド、グルスクブルグ…などがあった。]

       「シュトライヒャー」 シドウの註釈によると、[ウィーンの主要な楽器メーカーの一つ。]

 

この辺はどれも、その他大勢の友人知人達の雑多な話題である。

ちなみに、「ブッフホルツ」は今までも度々書かれているワルシャワの楽器製造者だが、ここに出てくる“シュトライヒャー”とは、ヨハン・アンドレアス・シュトライヒャー(Johann Andreas Streicher 17611833)の事で、この人物は、ドイツ−オーストリアのピアニスト兼作曲家で、ピアノ製造者でもあった。

なので、おそらくブッフホルツが、このシュトライヒャーのピアノを真似て新しい楽器を作ったと言う話なのではないかと思われる。

 

 

次の箇所は注目される。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#12.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「僕は、今日は何も無しに手紙を終えるが、何も無いどころか、これらはすでに僕が言った事ばかりだから、もっと悪いな。今は11時半で、僕はまだ部屋(※フランス語)のままで座っているのだが、しかしモリオルカ(※モリオール嬢)が僕と一緒にCの家の晩餐に行くためすでに待っているはずなのだ。僕はそのあとマグヌシェフスキを訪れる約束をしておいたから、このぺージを書き終えるために4時前に帰って来られず、だから残りの白紙部分の光景が僕を悩ませるのだ。

しかし僕は無駄にくよくよしてもいられないし、そうでないと(手紙を)終わらせられず、モリオルカが本当にがっかりするだろう;それに、君も知っている通り、僕は善意を保障できる人達と愛想良く接するのが好きだからね。僕は、帰って来てから彼女に会いに行ってなくて、それで、僕の落胆の原因はしばしば彼女が理由だと白状しなければならない;他の人達も同じ意見のようで、少なくともこれが僕にほんの僅かな満足を与える。父は微笑んでいるが、もしも全てを知ったら泣くだろう。僕は全く幸せなように見えるが、でも僕の心は……」

「僕はこの手紙を何としても終えられない。無より悪い。何故なら、書き始めたのは11時半だったが、未だ服を着ないままで座って、書いているのに、モリオルカ嬢が僕を待っている。その後、ツェリンスキ家で昼食に招待されている。その後、マグヌシェフスキの所に行くと約束しているので、4時前に帰って来て、手紙の最後の、1/4の最後ページの下の方まで書き埋める事ができない(※1枚の紙を二つ折にしてその両面を使い、4ページ分の便箋にしている)。その無念さが残り、思い悩んでいて、どうにもしようがない。今日の手紙では君に(結びの)挨拶をする事ができない、つまり、挨拶なしでさよならしてしまうみたいだ。書きながら、君にうまく書いていると思っている。僕は彼らの実直さを確信しているので、今日、モリオルカ嬢と僕との2人が会わないで終わらせる事はできない。僕は(彼女が)好きで、そしてその他の人達の期待を裏切る訳には行かない僕は、(ワルシャワに)帰って来てからまだ彼らの家に行っていない。時々、僕の悲しみが、彼女が理由だからだと思う事もある事を君に白状する。そのように人々も考えているのだと思う。そして、僕は表面的には静かな態度を見せている。泣いている僕を見れば、父は笑うかもしれないが、僕自身は笑っているよ。」

 

両者を読み比べると、この箇所には大きな違いが2点ある。

 

まず一つ目は、オピエンスキー版ではちゃんと「ツェリンスキ」と書かれているが、カラソフスキーはそれを「C」のイニシャルに変えてしまっている点だ。

ツェリンスキの名前は今まで何度も出てきているのに、それをこのように変えると言うのは、ショパンをなるべく親しい人達から遠ざけ、ショパンの孤独感を必要以上に強調しようという意図があるからである

 

そして二つ目だが、この違いは非常に重要で、カラソフスキー版では以下の一文が削除されている点だ。

「僕は(彼女が)好きで、そしてその他の人達の期待を裏切る訳には行かない。」

実は、ポーランド語の原文では、この(彼女が)と言う目的格が省略されている。

しかしながら、ポーランド語の文法上からも、さらに前後の文脈の流れからも、そして過去の手紙の記述から書き手と読み手が共に了承済みである…等の事実からも、ここで省略されている目的格が(彼女=モリオール嬢)である事は明白なのである。

ところが、これがシドウの仏訳版やオピエンスキーの英訳版などでは、その省略を補う事をせずに翻訳してしまっているので、その結果ポーランド語の原文のニュアンスが失われ、ショパンのモリオール嬢への個人的な感情が文面から消されてしまっている。

しかしこれは、シドウやオピエンスキーを単純に非難していいような問題でもないのである。ここにもやはり、ポーランド語を他の言語に翻訳する事の難しさが見え隠れしており、そして何よりも、彼らのようなショパンの専門家達は、1人の例外もなく、カラソフスキーとヴォイチェホフスキによって捏造された初恋物語(すなわち「理想の人」=グワトコフスカ)を完全に信じて切ってしまっており、そしてそれを大前提として手紙の文面を解釈しているのだから、そうなるのも仕方ないと言えるのだ。

だが、逆にショパンの専門家ではないポーランド語の翻訳家が、極めて客観的な立場からこれらの手紙を翻訳すると、皮肉にも、今まで我々が知り得なかったこのような新真実が浮かび上がってくるのである。

 

ちなみにシドウは、この箇所について次のような註釈を施している。

[ショパンは、ご存知のように、コンスタンツヤ・グワトコフスカに恋をしており、若いアレクサンドリーヌ・モリオールはその身代わりで、深い同情の対象として恋愛に発展する準備はできていたが、しかし彼は彼女に対して友情を感じていただけだった。青年の周りでは、モリオール嬢に秘密の恋をしていたと考えられており、その憂鬱と悲しみが、彼にコンスタンツヤに対する情熱を感じさせていた。]

これが、ショパンとモリオール嬢の関係についての解釈として、現在一般化しているものである。だが、「第10便」の時にも書いたが、このような解釈には、ショパンの性格を考えるとどうしても無理がある。

 

私はここで、この問題について、もう一度考えを整理し直してみたいと思う。

 

 

オピエンスキー版には、先ほども、

モリオルヴナ嬢(※モリオール嬢)は昨日、湖畔地帯から帰って来た。」

と言う記述があったが、カラソフスキーはそれを削除していた。ところが、ここでは「モリオルカ」(※モリオール嬢)を削除せず、原文にあったニュアンスを巧妙に変えて残している。

 

このモリオール嬢については、「第10便」で以下のように書かれていた。

ビクセル博士、 あの63歳になる年取ったドクターが、彼の亡くなった妻の姪である17歳の乙女と結婚した。教会堂は興味本位の参列者達ではち切れんばかりだった。ところが、お嫁さん自身は、彼女が結婚する事を何故これ程の人達が惜しむのか不思議に思ったそうだ。― この事は、結婚式場でお嫁さんの新婦付添い人となったモリオウヴナ(嬢)から直接聞いたので、僕はその事をよく知っているんだ。彼女から手紙をもらっているので、今書いているこの手紙を郵便局に投函しさえすれば、彼女のところに行く事にしている。何故なら、君もすでに知っている通り、喜んで白状するが、(彼女に対して)恋心を持っているからだよ。恋心には素直であるべきで、心に秘めている愛を大切にすべきだよ。― 君に僕の心の内を隠す事が出来るなどとは思っていない。僕が恋わずらいをしている事を君に明かさないでおく事はできないよ。

これに関しては、私はオピエンスキーによる加筆改ざんの可能性も考えた。しかし今回の場合は、ニュアンスの違いこそあれ既にカラソフスキー版にあったものなので、後発のオピエンスキーの加筆ではあり得ない。

私は、今回の「第14便」と最初の「第10便」、そして次回の「第15便」の3通におけるモリオール嬢関連の記述を総合し、改めて考え直した結果、これらはいずれもオピエンスキーによる加筆改ざんではなく、本当にショパンの原文に書かれていたものだとの確信を強くした。

 

つまり、ショパンは当時、本当にモリオール嬢に対して「恋心」を抱いていたと言う事である。

 

しかしそれは、伝記等で言われているような、グワトコフスカへの恋心を隠すためなどと言ったものではなく、純粋にモリオール嬢の事だけを想っていたと言う意味でだ。

ただしその関係と言うのは、ショパンとモリオール嬢がお互いに同意の下で正式な恋人として交際していたと言うのではなく、世間でそのように噂になるほどこの2人の仲が良くて、実はショパン自身もまんざらではなかった…と言う感じのものだったように見受けられるのである。

さて、そうすると、当然その事をヴォイチェホフスキもカラソフスキーも知っていた事になる。

それなのに、彼らはわざわざショパンに「理想の人」をあてがい、そしてそれはグワトコフスカであるとしてしまった事になる。

これは一体どう解釈したらいいのだろうか?

実は、次回紹介する「第15便」にも、おそらくモリオール嬢への恋心について言及していると思われる記述が出てくる。これについては、彼女の名前までは書かれていないので、一般にはグワトコフスカについてのものだと考えられている。しかし私は間違いなくモリオール嬢だと考えている。それについては次回に詳述するが、それを見ると、ショパンのモリオール嬢への感情は、自分の人生を左右するほど大きなものではなかったニュアンスが感じられる。

つまり、ヴォイチェホフスキもまた、これらの話をそのようなものとして受け取っていた訳で、実際この恋は、ショパンが外国へ行くのと同時に自然消滅して終わっている。

 

要するに、その程度の軽い恋愛話では、カラソフスキーのような伝記作家の立場としては全然満足できない訳だ。

 

だからカラソフスキーは、ショパンにはもっと祖国を背負ったドラマチックな大恋愛をして欲しかったのではないだろうか? たとえば、カラソフスキーが大嫌いなジョルジュ・サンドと言うフランス人女性との恋愛話など目じゃないくらいのだ。それで、もっと後ろ髪を引かれる思いで祖国を後にし、それ以降もずっと「理想の人」を引きずり、読者にずっと話題を提供し続けて欲しかったのではないだろうか?

そうでないと、カラソフスキーのショパン伝において、ここまで徹底してモリオール嬢への「恋心」が抹殺されている事の説明がつかないのである。

モリオール嬢がグワトコフスカへの恋の隠れ蓑だとする、そのような解釈は、オピエンスキー版が公表された事によって明るみに出たモリオール嬢関連の記述との矛盾に対して、どうにかして解決を付けるためにシドウがひねり出した、言わば屁理屈のようなものだ。

カラソフスキーのショパン伝には、元々そのような解釈を必要とするような記述など全く出て来ておらず、最初から全てきれいに削除されていたのである。そしてその代わりに彼は、ヴォイチェホフスキと共謀して「理想の人」をでっち上げ、更にそれをグワトコフスカだった事にしてしまったのだ。

 

だが、それだけではないだろう。

もっと根本的な問題として、よくよく考えると、モリオール嬢と言うのは、当時ワルシャワを統治していたロシアのコンスタンチン大公家で家庭教師をしていた伯爵家の令嬢なのである。

つまり、ポーランド人でありながらロシア側と懇意にしていたと言う事であり、それは正に、国粋主義者であるカラソフスキーやヴォイチェホフスキからすれば国賊に匹敵する家系な訳だ。

だから彼らは、モリオール嬢がショパンの初恋の相手として歴史にその名を刻む事が許せなかったはずなのである。

 

 

カラソフスキー版では、以下の非常に重要な一言が削除されている。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#13.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

 

「愛する友よ、一緒にイタリアに行こうではないか;」

 

ショパンは、ここに至って、初めてヴォイチェホフスキに向かって、外国へ同行する事についてコメントしている。

ただし、これはもちろん本気で誘っているのではなく、あくまでも願望を述べているだけだ。それは以下に続く文章を見れば明らかである。

ショパンがあれほど誘っても、プロ・デビュー公演のためにワルシャワヘ来る事すらしなかったような「偽善と虚偽」の男が、どうして「愛する友よ、一緒にイタリアに行こうではないか」の一言に従う訳があるだろうか? そんな事は、ショパンは百も承知の上で書いているのである。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#14.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「来月の今日まで、ワルシャワから出した手紙を君が受け取る事はないだろうが、親愛なる友よ、また、おそらく他のどこから出したのも受け取る事はないだろう;おそらく、僕らが会うまでは、君が再び僕からの消息を聞く事はないかも知れない。僕は今、ナンセンスな事ばかり書いている;ワルシャワを出発するという考えだけ……

だがちょっと待ってくれ、たぶん君の境遇も良くはないだろう。人というのは、いつも幸せだとは限らないし、この世では、幸福の時期は短くて時々授けられるだけだ;それで、なぜ長くは続かないこの夢から逃れようとするのだ?」

「今日以降、君はワルシャワからの手紙を受け取れなくなるだろう。僕らが次に会うまで、君は僕の事について何の情報も得られなくなるだろう。.― 馬鹿馬鹿しいこと、これが僕に出来ることの一つだが、僕が町から出てしまえば ― 君はこの様な状況に直面するだろう。君を待っている。手紙を受け取ることはできる: “そして、水車のように色々考えをめぐらせることは終わらせ、酒蔵、そして毛糸、子羊、最後には2回目の種まきに賭ける”(※これは第三者の文章からの引用句)、水車ではない、酒蔵でもない、毛糸でもない、君を待たせるものは、これのみ…何か別のものだ。人はいつでも分かって行動している訳ではない:人生の中でただ単に喜べるひと時が持てる筈だ。何故それらの妄想から逃げねばならないのか、妄想、その妄想は長くは続かない。――」

 

ショパンはこの時点でも、やはり1人で旅立つ事になっていた事が分かるだろう。

もしも数多のショパン伝等で伝えられているように、ポトゥジン訪問の際にヴォイチェホフスキの同行が決められていたと言うのであれば、今さらここで「一緒にイタリアに行こう」などと誘う訳がない。

しかもその最終目的地は「イタリア」で、ウィーンには2ヶ月滞在するだけだと言っている。だからここでも、ヴォイチェホフスキに向かって「一緒にイタリアに」と言っている訳だ。

つまりヴォイチェホフスキにしてみれば、もしも彼がこの手紙を受け取った時点でショパンに同行する事を決めるのであれば、その行き先はウィーン経由の「イタリア」と言う事になる訳だ。しかし実際には、ショパンは結局イタリアへは行かず、目的地をウィーンにし、当地で1年ほど過ごす事になる。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#15.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「僕は時々、世の中との交際を神聖な義務だと考えるが、またある時は、それを悪魔の発明だとも思う。それに、こうだともっと良いだろう、もしも人間が……だがもう沢山だ……時間は飛ぶように過ぎていくし、僕は(顔を)洗わなければならない……今は僕にキスしないでくれたまえ……だが君は、仮に僕がピザンチン・オイルで塗られていたとしても、磁石にでも強制されない限り僕にキスしないだろう! さようなら!

「一方では、最も神聖なものは友情関係である信じているし、他方では. 悪魔の発明で、世の中の人達は、金、メルシュピザ(※ジャガイモと粉で作った蒸かし饅頭で、大きさと形が春巻きに似たものらしく、甘い食後のデザート)、靴、帽子、ビフテキ, ホットケーキなどを知らない方が良いと僕は確信している。ところが、人はこれらのものを全て知っている。僕の理解できる事の中で、これは最も悲しい事故だ。君も、できれば知らない方が良いと思っているだろう事は僕も分っている。今、手洗いに行くので、僕にキスしないでくれたまえ、何故ならまだ顔を洗っていないからだ。――君はどうだ? 仮に僕がビザンチンの香料(油)を塗りたくっていたとしても、僕がある種の方法を使って、つまり、君を磁石で引き止めようとしない限り君はキスしないだろう。何か自然の力が働いている。君が僕にキスする場面を夢に見ないだろう。昨日の夜に僕が見た、中傷的な夢のお返しを君にしなければならない。

偽善の化身を永遠に愛する――    

F.ショパン   」

 

カラソフスキーが「……」で省略したらしい箇所には、はやりちゃんと文章があった事が分かる。

カラソフスキーはこのように、大して重要ではない省略に関しては、読者に対して「……」でそれを示唆しているが、削除した事を知られたくない重要な箇所については、そのような配慮を一切見せないのである。

だから、この最後の署名部分では、ショパンはまたしてもヴォイチェホフスキの事を「偽善者」呼ばわりしているが(しかも今度は「偽善の化身」だ)、カラソフスキーはその箇所の削除については「……」でそれを示唆せず、「さようなら」と言う一言に書き換えてしまっている。この「さようなら」は、カラソフスキーのドイツ語版の原文ではドイツ語で書かれている。だが、ショパンは手紙の中で「さようなら」を言う時、必ずフランス語の「ア・デュー」を使うのである。

 

 

カラソフスキー版はここで終わっているが、オピエンスキー版には以下のような追伸部分がある。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第14便#16.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

 

「追記:僕に手紙を書いて欲しい。そして、リナルディの事を忘れないで欲しい。これ以上は何もない。ママとパパは君に挨拶を送っている。子供達は階上から降りて来て、彼女達からのメッセージを忘れないで君に書いてくれ、と。いつもの通り、ジヴニー氏が君に敬礼を送るように催促している。イタリア人のソリヴァが、君がいつワルシャワに来るのかと聞きながら、最高の賛辞を送っている。リンデ夫人はグダンスクにいる。君の妹姉をワルシャワで見かけなかった。プラテロヴァ夫人が帰って来た。」

 

「リナルディ」(※イタリア人の著者による本?)については前回の手紙でも書かれていた。

 

また、「子供達」と言う表現は久し振りだが、やはりここでも、「ママとパパ」が併記されており、尚且つ追伸部分である。

 

[2012年2月22日初稿 トモロー]


【頁頭】 

検証9-13:加筆された「理想の人」の再登場

ショパンの手紙 その知られざる贋作を暴く

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