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検証9:ヴォイチェホフスキ書簡・第2期――

Inspection IX: The letters to Wojciechowski, Part II-

 


9.どちらが「理想」?ゾンターク嬢とグワトコフスカ嬢―

  9. Panna Sonntag & Pannna Gładkowska -

 

 ≪♪BGM付き作品解説 練習曲 第2番▼≫
 

今回紹介するのは、「ヴォイチェホフスキ書簡・第11便」である。

まずはカラソフスキー版による手紙を読んで頂きたい。文中の*註釈]も全てカラソフスキーによるもので、改行もそのドイツ語版の通りにしてある。

 

■ワルシャワのフレデリック・ショパンから、

ポトゥジンのティトゥス・ヴォイチェホフスキへ(第11便/カラソフスキー版)■

(※原文はポーランド語、一部イタリア語フランス語が混在)

183065日、ワルシャワにて

我が親愛なる友よ、

君はゾンターク嬢の演奏会を5回聴き逃してしまったが、もしも君が13日に来るなら、彼女を聴く機会は何度もある。13日は日曜日だろうけど、君が到著する頃には、僕はちょうど家にいて、第2協奏曲のアレグロの試演をしているだろう、と言うのも、僕はゾンターク嬢の留守を出来るだけ利用しているからだ。彼女はプロシア王の招待でフィッシュ・バッハヘ行く事になっていて、そこからまた我々の所へ戻って来るつもりだと、僕は彼女自身の綺麗な唇からそう聞いたんだ。

幾人かの心酔者達が正にそう呼んでいるように、この“天から使わされたメッセンジャー”との、より親密な交際から受けた喜びを、君に全て話す事はできない;僕は、彼女を僕に紹介してくれた事に対して、アントン・ラジヴィウ公爵に心から感謝している。僕はあいにく、彼女の2週間の滞在中にそれほど得をした訳ではなくて、と言うのも彼女は、上院議員やら、城主、大臣、将軍、副官等が、つまらない話をしながら坐って彼女の事をじろじろ見つめているような、そんな退屈な訪問にうんざりしているからだ。彼女は彼らにとても親切に迎え入れていて、と言うのも、彼女はあまりにも心根が優しいので、無愛想にしようにもできないからなのだ。昨日、彼女がリハーサルのために外出しなたければならなかった時などは、使用人が大勢の訪問客を断わり切れなかったので、彼女は自分の部屋に閉じ籠らざるを得なかった。僕は彼女から呼ばれない限り彼女の許へは行かないようにしていた、と言うのは、ラジヴィウ公爵が彼女のために編曲した歌を書き上げるよう、彼から頼まれていたからだ。それはウクライナの民謡(ドゥムカ)による変奏曲になっている;テーマとフィナーレは可愛らしいのだが、中間の楽章は全く好ましくないもので、ましてゾンターク嬢もそれを認めている始末だ;僕はいつくか書き換えたがまだダメだ。僕は、彼女が今日の演奏会を済ませたら出発するのを喜んでいて、そうすれば僕はこのトラブルから解放されるし、それにラジヴィウ公爵が議会の閉会式から帰って来る頃には、彼はおそらくこの変奏曲を諦めるだろう。

ゾンターク嬢は美人ではないけど、とても魅力的だ;誰もが彼女の声にうっとりしてしまうが、特に力強くはないが、申し分なく洗練されているんだ。彼女のディミヌエンド(※だんだん弱く)究極のもの(※イタリア語)で、彼女のポルタメント(※音と音の間を滑らかに移動する事)は驚くほど美しく、彼女の半音階、殊に高音部の半音階は無類のものだ。彼女は僕らのためにメルカダンテのアリアを非常に美しく歌った。それからローデの変奏曲、殊に最後のルーラード(※トリル)は感嘆以上だった。スイスのテーマによる変奏曲はとても好まれて、何度もおじぎした後で、また始めから歌わなければならなかったほどだ;そして昨日、ローデによる最終変奏が終わった時にも同じような事が起った。彼女は《理髪師》のカヴァティーナと、《盗人のエルステル》、それと《魔弾の射手》のアリアを数曲歌った。だが君もすぐに、以前僕らがこの地で聴いてきたものと、彼女のパフォーマンスとの違いを君自身で判断する事ができるだろう。先日、僕が彼女と一緒にいた時、ソリヴァがグワトコフス力嬢とヴォウクフ嬢を連れて来て、“バルバラ・ソルデ”という言葉で終る二重唱曲(君は覚えているかね?) を彼女のために歌わせた。ゾンターク嬢が僕に内々話すには、両人の声はとても美しいが、どちらかと言えば叫んでいるようだ、だからあの若い婦人方は歌い方を全く変えなければいけない、さもないと2年のうちにすっかり声を潰してしまう危険があると。僕は、彼女がウォルコフ嬢に、彼女は楽に味わいながら歌っているが、 “あまりにも金切り声”(※フランス語)をしていると話しているのを聞いた。彼女はとても親切に、彼女達両人に時々訪ねて来るようにと勧め、彼女自身のやり方を教えるのに労を惜しまないからと約束した。それは珍しいほど思いやりのある行為ではないだろうか? まったく、それは僕に純真(※フランス語)という印象を与えた洗練された女らしさだと信じていて、と言うのは、あらゆる女らしい術を心得ていない限り、それほど自然でいられようとは誰にも想像できないからだ。

ゾンターク嬢は、夜会服の時より部屋着(※フランス語)の時の方が100倍も綺麗で可愛らしいが、しかし演奏会場で見ただけの人達でも、彼女の美貌には惑わされる。彼女は帰ってき次第、今月の22日までに音楽会を開くだろうし、それが済んだらサンクト・ペテルスブルグヘ行こうと思っていると僕に話した。そんな訳だから、親愛なる友よ、これ以上演奏会を聴き逃さないよう、直ぐに急いでやって来たまえ。

パスタが来るという話がかなり広まっていて、一緒に歌うアーチストについてもだ。フランスの女流ピアニスト、ベルヴィーユ嬢が来ていて、来週の水曜日に演奏会を開く事になっている;彼女の演奏はとても素晴らしく、とても軽くてエレガントで、ヴォーリッツァー(ヴェルライツェル)より十倍も優れている。彼女は宮中の有名な“音楽夜会”に参加して、その時はゾンターク嬢が歌い、ヴォーリッツァー(ヴェルライツェル)が弾いたが、偉大な歌手(※ゾンターク嬢)の伴奏をしたクルピンスキの話では、それほど満足感を与えなかったそうだ。僕が演奏するよう誘われなかった事に驚いている人達(そこに僕自身は含まれていないけどね)はたくさんいる.。……しかしゾンターク嬢についてもう少し書きたい事がある。彼女には新しい装飾音がたくさんあり、パガニーニほど多くはないが、非常に効果的だ;おそらく、幾分小さい種類のものだからだろう。彼女は鮮麗な花束の香りを吹きかけるように、声で愛撫するように見えるが、人に涙を誘わせる事は滅多にない。しかしながら、ラジヴィウ公爵は、彼女が《オセ口》のラスト・シーンでデズデモーナに扮すれば、誰も泣くのを抑える事はできないと考えている。

今朝早く、僕は彼女に、衣装を着て舞台に立たないのですかと聞いてみた(と言うのは、彼女は第一級の女優だからだ);すると彼女が答えるには、自分は聴衆を感動させて泣かせる事はできるだろうけど、これまで演技が自分をあまりにも疲労させるので、なるべく(※オペラの)舞台に立たない決心をしたのだそうだ。

君の田園での苦労を休めるためにこっちへ来たまえ。ゾンターク嬢が歌うのを聴いたら、君は新しい人生に目覚めて、仕事に対する活力も増す事だろう。僕は、この手紙の代りに僕自身を送る事ができないのが何とも残念だ。……ベルヴィーユ嬢は、ウィーンで出版された僕の変奏曲を弾いた;彼女はその一部分を暗譜して知っている。今日、ゾンターク嬢は《セミラミーデ》の中の何かを歌うだろう。彼女の演奏会は時間が短くて、多くても4部で、間にオーケストラが演奏する。まったく、彼女の歌を聴いたあとでは、誰でも休息する必要があり、それほど与える印象が強烈で、それほど彼女はアーチストとして興味深いのだ。」

モーリッツ・カラソフスキー『フレデリック・ショパン、その生涯、作品と手紙』(※ドイツ語原版・初版)

Moritz Karasowski/FRIEDRICH CHOPIN, SEIN LEBEN, SEINE WERKE UND BRIEFEVERLAG VON RISE & ERLER, BERLIN 1877)、

及び、モーリッツ・カラソフスキー著・エミリー・ヒル英訳『フレデリック・ショパン、彼の生涯と手紙』(※英訳版・第3版)

Moritz Karasowski translated by Emily Hill/FREDERIC CHOPIN HIS LIFE AND LETTERSWILLIAM REEVES BOOKSELLER LIMITED 1938)より 

 

 

それでは、今回の「ヴォイチェホフスキ書簡」も、その内容をオピエンスキー版と比較しながら順に検証していこう。

       オピエンスキー版の引用については、現在私には、オピエンスキーが「ポーランドの雑誌『Lamus.1910年春号」で公表したポーランド語の資料が入手できないため、便宜上、ヘンリー・オピエンスキー編/E.L.ヴォイニッヒ英訳『ショパンの手紙』Chopin/CHOPINS LETTERSDover PublicationINC))と、「フレデリック・ショパン研究所(Narodowy Instytut Fryderyka Chopina)▼」と言うサイトに掲載されているポーランド語の書簡資料とを照らし合わせながら、私なりに当初のオピエンスキー版の再現に努めた 

       カラソフスキー版との違いを分かりやすくするために、意味の同じ箇所はなるべく同じ言い回しに整え、その必要性を感じない限りは、敢えて表現上の細かいニュアンスにこだわるのは控えた。今までの手紙は、本物であると言う前提の下に検証を進める事ができたが、「ヴォイチェホフスキ書簡」に関しては、そもそも、これらはどれもショパン直筆の資料ではないため、真偽の基準をどこに置くべきか判断がつきかね、そのため、今までと同じ手法では議論を進められないからである。

 

とは言うものの、実は今回の手紙は珍しい事に、両者にはほんのちょっとした違いしかなく、カラソフスキーの削除も非常に少ないのであるが…。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#1.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

183065日、ワルシャワにて

我が親愛なる友よ、

君はゾンターク嬢の演奏会を5回聴き逃してしまったが、もしも君が13日に来るなら、彼女を聴く機会は何度もある。13日は日曜日だろうけど、君が到著する頃には、僕はちょうど家にいて、第2協奏曲のアレグロの試演をしているだろう、と言うのも、僕はゾンターク嬢の留守を出来るだけ利用しているからだ。彼女はプロシア王の招待でフィッシュ・バッハヘ行く事になっていて、そこからまた我々の所へ戻って来るつもりだと、僕は彼女自身の綺麗な唇からそう聞いたんだ。

幾人かの心酔者達が正にそう呼んでいるように、この“天から使わされたメッセンジャー”との、より親密な交際から受けた喜びを、君に全て話す事はできない;僕は、彼女を僕に紹介してくれた事に対して、アントン・ラジヴィウ公爵に心から感謝している。僕はあいにく、彼女の2週間の滞在中にそれほど得をした訳ではなくて、と言うのも彼女は、上院議員やら、城主、大臣、将軍、副官等が、つまらない話をしながら坐って彼女の事をじろじろ見つめているような、そんな退屈な訪問にうんざりしているからだ。彼女は彼らにとても親切に迎え入れていて、と言うのも、彼女はあまりにも心根が優しいので、無愛想にしようにもできないからなのだ。昨日、彼女がリハーサルのために外出しなたければならなかった時などは、使用人が大勢の訪問客を断わり切れなかったので、彼女は自分の部屋に閉じ籠らざるを得なかった。僕は彼女から呼ばれない限り彼女の許へは行かないようにしていた、と言うのは、ラジヴィウ公爵が彼女のために編曲した歌を書き上げるよう、彼から頼まれていたからだ。それはウクライナの民謡(ドゥムカ)による変奏曲になっている;テーマとフィナーレは可愛らしいのだが、中間の楽章は全く好ましくないもので、ましてゾンターク嬢もそれを認めている始末だ;僕はいつくか書き換えたがまだダメだ。僕は、彼女が今日の演奏会を済ませたら出発するのを喜んでいて、そうすれば僕はこのトラブルから解放されるし、それにラジヴィウ公爵が議会の閉会式から帰って来る頃には、彼はおそらくこの変奏曲を諦めるだろう。

ゾンターク嬢は美人ではないけど、とても魅力的だ;誰もが彼女の声にうっとりしてしまうが、特に力強くはないが、申し分なく洗練されているんだ。彼女のディミヌエンド(※だんだん弱く)究極のもの(※イタリア語)で、彼女のポルタメント(※音と音の間を滑らかに移動する事)は驚くほど美しく、彼女の半音階、殊に高音部の半音階は無類のものだ。彼女は僕らのためにメルカダンテのアリアを非常に美しく歌った。それからローデの変奏曲、殊に最後のルーラード(※トリル)は感嘆以上だった。スイスのテーマによる変奏曲はとても好まれて、何度もおじぎした後で、また始めから歌わなければならなかったほどだ;そして昨日、ローデによる最終変奏が終わった時にも同じような事が起った。彼女は《理髪師》のカヴァティーナと、《盗人のエルステル》、それと《魔弾の射手》のアリアを数曲歌った。だが君もすぐに、以前僕らがこの地で聴いてきたものと、彼女のパフォーマンスとの違いを君自身で判断する事ができるだろう。」

        内容はほぼ同じだが、こちらの冒頭の挨拶はいつものように「我が最も親愛なる命よ!」

        また、こちらには「彼女の音域はそれほど広くはない」というコメントがあり、ショパンはその音域を五線譜で書き表している。

       「ウクライナの民謡(ドゥムカ)」 オピエンスキーの註釈によると、2曲の挽歌形式のフォーク・ソング:ウクライナは例外的に民族音楽が豊富で、ドゥムカの多くは特に並外れた美しさがある」

       《盗人のエルステル》 オピエンスキーの註釈によると、La Gazza Ladra:ロッシーニによるオペラ。初演は1817年」

 

まず日付について見てみよう。

今回の「第11便」は前回からちょうど3週間後に書かれている(※下図参照)

 

18305(第10便)

 

6(第11便)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ショパンは前々回の「第9便」で、

「『ワルシャワ通信』はすでにゾンターク嬢の到著を発表している。」

そして前回の「第10便」では、

「君はきっと、フリッツ(※ショパンの愛称)が君の手紙に折り返し返事を出さなかったのを不思議に思っているだろう;でも君の求めている情報がすぐに得られなかったので、今日まで書くのを遅らせていたんだ。

まあ聞きたまえ、僕の最も親愛なる者よ:ヘンリエッタ・ゾンタークは6月、あるいは、おそらく5月の末にワルシャワに来る。」

「君はゾンターク嬢を聴く機会を逃さないだろうと僕は信じている。ああ、僕はそのゾンタークにどれほど感謝しているだろう! 彼女はすでにグダンスクにいると言われていて、彼女はそれから我々の所へ来るのだ。しかし要するにだ、僕らは多くの音楽に触れる事になるだろう。」

と書いていた。

そして今回の書き出しを見れば明らかなように、ここでも内容がきちんと前回とつながっているので、この間に「失われた手紙」はない事が分かる。

ゾンターク嬢は、前回ショパンが書いていたように、「おそらく5月の末にワルシャワに来」ていたものと思われ、しかも、この時もうすでに5回」もの演奏会が消化されていた。それなのにヴォイチェホフスキは、ショパンのせっかくの告知に応える事なく、結局ワルシャワへは来ていないのである。

しかしショパンはまだ諦めず、こうしてヴォイチェホフスキを誘うべく、せっせと手紙をしたためている。

そして今回の手紙の内容は、そのほとんどがひたすら「ゾンターク嬢」を褒め称える事に終始している。

なぜか?

ここまで彼女の魅力や才能を吹聴してやれば、ヴォイチェホフスキは必ず興味を示してやって来るに違いないと、ショパンがそう信じているからである。いや、正確には、ヴォイチェホフスキにそう信じさせられているからである。

 

ところで、私は今まで、ショパンとヴォイチェホフスキの手紙のやり取りが「ワルシャワ⇔ポトゥジン間」を一往復するのに、だいたい2週間くらいを要すると説明してきたのだが、これはあくまでも、郵便局が手紙を発送する曜日が双方で限定されているからである。しかしながら、郵便ではなく、本人が直接移動する場合だと、もちろん事情は違ってくる。

今回の手紙でショパンは、「もしも君が13日に来るなら」と書いている。

これはつまり、この手紙をヴォイチェホフスキが受け取って直ぐポトゥジンを発てば、だいたい1週間くらいでワルシャワに着く事を示している。「ワルシャワ⇔ポトゥジン間」の片道は馬車でだいたい34日の距離なので、郵便ではなく自らが移動する分にはそれくらいで済むのである。

 

 

今回の手紙で重要なのは次の箇所である。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#2.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

先日、僕が彼女と一緒にいた時、ソリヴァがグワトコフス力嬢とヴォウクフ嬢を連れて来て、“バルバラ・ソルデ”という言葉で終る二重唱曲(君は覚えているかね?) を彼女のために歌わせた。ゾンターク嬢が僕に内々話すには、両人の声はとても美しいが、どちらかと言えば叫んでいるようだ、だからあの若い婦人方は歌い方を全く変えなければいけない、さもないと2年のうちにすっかり声を潰してしまう危険があると。僕は、彼女がウォルコフ嬢に、彼女は楽に味わいながら歌っているが、 “あまりにも金切り声”(※フランス語)をしていると話しているのを聞いた。彼女はとても親切に、彼女達両人に時々訪ねて来るようにと勧め、彼女自身のやり方を教えるのに労を惜しまないからと約束した。それは珍しいほど思いやりのある行為ではないだろうか? まったく、それは僕に純真(※フランス語)という印象を与えた洗練された女らしさだと信じていて、と言うのは、あらゆる女らしい術を心得ていない限り、それほど自然でいられようとは誰にも想像できないからだ。」

「僕が一度彼女(※ゾンターク嬢)を訪ねた時、そこで、ソリヴァとその女の子達(※GWに会った。僕は、彼女達が彼(※ソリヴァ)の二重唱曲を歌うのを聴いた、何て言ったけか?君も知ってる、バルバラ・ソルテで終わる長調のやつだ。ゾンタークは彼女達に、あなた達の声は強張っていると話した;よく練習しているけど、2年もすればすっかり駄目になってしまうから、そうなりたくなかったら発声法を変えなければならないと。僕の前で、彼女はヴォウクフ嬢に、あなたは非常に才能に恵まれているし、多くの素晴らしい技巧を持っている、でも金切り声だと話した。彼女は彼女達に、私のやり方を教えてあげるから、何度でも私の所へ来るようにと言っていた。それは、超自然的な気立ての良さだ;その女らしさは自然そのものなんだ;本来、女らしい術を心得ていない限り、それほど自然でいられようとは誰にも想像できないだろう。」

 

ここに至って、カラソフスキーのショパン伝に初めて「グワトコフスカ嬢」が登場する。

「第4便」で「理想の人」が告白されて以来、実に7通目にしてようやく…である。

ところがだ、見てお分かりのように、カラソフスキーは自著の読者に対して、この「グワトコフスカ嬢」「理想の人」だとは、この時点ですら解説していない。

つまり、カラソフスキーの中では、ここでもまだ、この「グワトコフスカ嬢」「理想の人」だった事にして話を膨らませようというアイディアが思い付いていないのである。当然だろう。ここに書かれている話を読んで、この「グワトコフスカ嬢」の一体どこに「理想」の要素が見出せると言うのか?

ゾンターク嬢は、むしろもう1人の「ヴォウクフ嬢」の方が見込みありげに応対しているくらいで、それにしても、このソリヴァの愛弟子2人は、一流のプロから見れば発声法すらままならない素人同然の扱いを受けていると言った有様なのである。

そんな中、ここでもやはりショパンは、ただひたすらゾンターク嬢を褒め称えるのみで、彼女の容姿から才能から人間性に至るまで、それこそこのゾンターク嬢こそが「理想の人」なのではないかと言うくらい具体的にあれこれと説明して見せている。

お分かりだろうか?

例の「第4便」における「理想の人」のくだりが、いかに中身のない空々しいものであるかが…。

仰々しくも「理想」と書いておきながら、何がどう「理想」なのかについて何も説明していない時点で、それは明らかに実在しない「架空の人物」である証拠だと言うのは正にこういう事であり、本当に実在する「生身の人間」について語る事が一体どういう事なのかと言う事が…。

そして、贋作者であるヴォイチェホフスキやカラソフスキーに、そのような知恵や文才などまるで備わっていないのだと言う事が…。

 

 

そして、実はオピエンスキー版の方には「グワトコフスカ嬢」と言う名前は書かれてはおらず、単に「ソリヴァとその女の子達」と言う書かれ方をしているだけで、名前が書かれているのは「ヴォウクフ嬢」の方だけなのである。

仮にそれがショパンの直筆原文の通りなのだとすると、カラソフスキーは過去の手紙では削除し続けてきていたものの、この「ソリヴァとその女の子達」と言うのが「グワトコフスカ嬢」「ヴォウクフ嬢」の事だとちゃんと認識していたという事であり、すなわち、ショパンの手紙で初めて彼女達の名前が出て来た「第6便」の以下の記述が、本当に直筆原文に書かれていた事を証明するものでもある。

その「第6便」では、以下のように書かれていた。

「お上品なマダム・スヒロリは、美しいコントラルト歌手で、ソリヴァの所で催された音楽夜会2回歌ったと、タイヒマンが僕に話している。ヴォウクフ嬢は母親の喪に服しているし、グワトコフスカ嬢は目に包帯をしている」

 

さらに、「第8便」では以下のように書かれており、

グワトコフスカ夫人(※グワトコフスカ嬢の母親)が君の事を尋ねていた事を除けば、これ以上詳しく書く必要はない。」

 

そして前回の「第10便」では以下のように書かれていた。

下記の事を君に知らせておきたい。すなわち、モトフスキ大臣閣下が発令した詔勅に従い、“国会”が開かれているのを機会に、G嬢とW嬢の2が演奏会に出演する予定だ。その内の1人は、パエールの《アグネス》で唄う。残りの1人はG嬢で、《トルコ人》に出演する。何故これらのオペラが演題に選ばれたのか、君はその理由を想像できるかね?― 僕は昨日、ソリヴァ家の“夕べ”の集まりに参加した。その集まりにはスーヴァン家の人達とグレッセル家の人達以外には誰もいなかった。G嬢は、彼女のためにソリヴァ氏が作曲したオペラのアリアを歌った。このアリアは正に彼女の見せどころを見せるに打って付けのものになるはずだったが、実際には一部だけそうであったし、数箇所のみ彼女の声に合うものだった。《トルコ人》ではW嬢が、彼女のために一部編曲され、彼女の声に合う別のアリアを歌う予定だ。このアリアはロッシーニの作曲で、彼女よりももっと有名な、このオペラに出演する歌い手のために書かれたものだ。彼女は上手に歌うよ。君がここへ来れば、その事を自分で確信できるだろう。

これらは全てカラソフスキー版では削除されていたが、これらはオピエンスキーによる加筆改ざんではなく、あくまでもヴォイチェホフスキがカラソフスキーに資料提供した「写し」に書かれていた事なのである。

そうでなければカラソフスキーは、今回の手紙では単に「ソリヴァとその女の子達」及び「ヴォウクフ嬢」としか書かれていないのに、それを「グワトコフス力嬢とヴォウクフ嬢」だと特定する事はできないはずだからだ(※もちろん、直接ヴォイチェホフスキに確認を取ったという可能性も考えられはするが…)。

 

 

それはそうと、ショパンは前々回ソリヴァについて、「彼はおそらく狡猾なイタリア人だ」と書き、さらに「できる限り彼に近付かないようにしている」とまで書いていたが、今回ゾンターク嬢のコメントによって明らかになった「グワトコフス力嬢とヴォウクフ嬢」の実力を見ると、音楽教師としてのソリヴァの手腕と言うものがどれほどのものかが垣間見えてくるのではないだろうか。

つまりショパンは、自分の作曲の師匠であるエルスネルとは違い、おそらくソリヴァの事を音楽教師として評価していなかったに違いないのである。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#3.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「ゾンターク嬢は、夜会服の時より部屋着(※フランス語)の時の方が100倍も綺麗で可愛らしいが、しかし演奏会場で見ただけの人達でも、彼女の美貌には惑わされる。彼女は帰ってき次第、今月の22日までに音楽会を開くだろうし、それが済んだらサンクト・ペテルスブルグヘ行こうと思っていると僕に話した。そんな訳だから、親愛なる友よ、これ以上演奏会を聴き逃さないよう、直ぐに急いでやって来たまえ。

パスタが来るという話がかなり広まっていて、一緒に歌うアーチストについてもだ。フランスの女流ピアニスト、ベルヴィーユ嬢が来ていて、来週の水曜日に演奏会を開く事になっている;彼女の演奏はとても素晴らしく、とても軽くてエレガントで、ヴォーリッツァー(ヴェルライツェル)より十倍も優れている。彼女は宮中の有名な“音楽夜会”に参加して、その時はゾンターク嬢が歌い、ヴォーリッツァー(ヴェルライツェル)が弾いたが、偉大な歌手(※ゾンターク嬢)の伴奏をしたクルピンスキの話では、それほど満足感を与えなかったそうだ。僕が演奏するよう誘われなかった事に驚いている人達(そこに僕自身は含まれていないけどね)はたくさんいる.。」

        ほぼ同じ。

       「ベルヴィーユ嬢」 原田光子訳『天才ショパンの心』(第一書房)の註釈によると、「アンナ・ヴェルヴィーユ、1808年−1888年、フランス生まれの女流ピアニストで当時人気があり、シューマンもこの人についてはクララ・ヴィークと比較して言及している」

 

「ヴォーリッツァー(ヴェルライツェル)」については、前回以下のように書かれていた。

 

「プロシア国王に仕えているピアニスト、ヴォーリッツァー(ヴェルライツェル)はもう2週間ここにいる。彼はとても上手に弾き、ユダヤ人なので、多くの天分を持っているのだ。彼は僕と一緒にいた;彼はほんの16歳に過ぎない;僕の家で弾いた中に素晴らしいものがいくつかあった。彼の最も良かった演奏は、アレクサンデル行進曲によるモシュレスの変奏曲だ。彼はこれらを本当に素晴らしく弾いた。君は彼の演奏スタイルと演奏マナーを好むだろうが、とは言え――これは君だけに言うが――彼には、室内楽の名人と言うにはまだ欠けたところが多い。スタン氏というフランスのピアニストもまたここに来ている。彼は演奏会を行なうつもりでいたが、最近になってその考えを断念したらしい。」

 

 

次の箇所は、カラソフスキー版では「……」によって省略したらしい形跡が見られるが、実際にそうであった。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#4.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「……」

「コシオ・プルシャック(※コステュスのこと)は、今日の午後4時に、フーベと一緒に出発する。プルシャック夫人とオレシアとその他は、ロヴィツまで彼らに付き添ってそこに残り、そこから彼らは自分達の馬車でカリィツまで行き、そこから特別郵便馬車で当地へ向かう。」

 

やはり省略されていたのは「プルシャック」関連である。

この件については前回の手紙で次のように書かれていた。

「コステュスは彼の母親と一緒にチェンストホヴァ(※ポーランドの都市名)にいる;彼らは来週に戻って来て、それから61日にフーベと一緒に出発し、ベルリン経由でパリへ、そこで彼らは2ヵ月半から3ヵ月半ほど滞在し、その後、スイスを通ってイタリアへ行く。」

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#5.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「しかしゾンターク嬢についてもう少し書きたい事がある。彼女には新しい装飾音がたくさんあり、パガニーニほど多くはないが、非常に効果的だ;おそらく、幾分小さい種類のものだからだろう。彼女は鮮麗な花束の香りを吹きかけるように、声で愛撫するように見えるが、人に涙を誘わせる事は滅多にない。しかしながら、ラジヴィウ公爵は、彼女が《オセ口》のラスト・シーンでデズデモーナに扮すれば、誰も泣くのを抑える事はできないと考えている。

今朝早く、僕は彼女に、衣装を着て舞台に立たないのですかと聞いてみた(と言うのは、彼女は第一級の女優だからだ);すると彼女が答えるには、自分は聴衆を感動させて泣かせる事はできるだろうけど、これまで演技が自分をあまりにも疲労させるので、なるべく(※オペラの)舞台に立たない決心をしたのだそうだ。

君の田園での苦労を休めるためにこっちへ来たまえ。ゾンターク嬢が歌うのを聴いたら、君は新しい人生に目覚めて、仕事に対する活力も増す事だろう。僕は、この手紙の代りに僕自身を送る事ができないのが何とも残念だ。」

        ほぼ同じ。

 

ここでも、更にダメ押しするかのごとくゾンターク嬢を褒め上げている。

全ては、ヴォイチェホフスキをワルシャワヘ誘い出したいがためであり、この手紙の記述の全てがそれを動機に書かれている事がよく分かるだろう。

また、この箇所を見ると、どうやらヴォイチェホフスキは、自分がワルシャワに容易に出て来られない理由について、田舎での「仕事」が忙しいとショパンに説明していたらしい事も分かる。

そして、ショパンはここで「手紙の代りに僕自身を送る事ができないのが何とも残念だ」と書いているが、彼はこの夏、ついにそれを実行に移す事となり、それについては次回の「第12便」で触れられている。

 

 

次の箇所も、カラソフスキー版では「……」によって省略したらしい形跡が見られるが、実際にそうであった。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#6.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「……」

「君はおそらく反対するだろうが、僕は君を欲していて、そして君が髭をきれいに剃っている事を期待している。

F.ショパン   」

 

これはまたいつになく怪しげな文章である。

何はともあれ、オピエンスキー版ではここで署名して一旦手紙が終わっており、以下が追伸部分となる。

 

 

まず、カラソフスキー版では次の一文が削除されている。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#7.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

 

「音楽院からの女の子達は、今月はデビューしない。」

 

この「女の子達」とは、さっきも「ソリヴァとその女の子達と書かれていた、ワルシャワ「音楽院」・声楽科の「女の子達」、つまりソリヴァの愛弟子の「グワトコフス力嬢とヴォウクフ嬢」の事である。

カラソフスキーは当然それを分かっていながら、さっきの「女の子達」は削除しなかったのにここでは削除している。こういった彼の編集態度を見ても、この時点でのカラソフスキーにとって、いかに「グワトコフスカ嬢」が興味の対象になかったかがはっきりと見て取れるだろう。

彼女達の「デビュー」公演については、次回の「第12便」で詳しく報告される事になる。そしてその際、カラソフスキー版においては、ついに「理想の人」「グワトコフスカ嬢」だと説明されるに至るのである。

 

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#8.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

「ベルヴィーユ嬢は、ウィーンで出版された僕の変奏曲(※ヴォイチェホフスキに献呈した《作品2》▼を弾いた;彼女はその一部分を暗譜して知っている。今日、ゾンターク嬢は《セミラミーデ》の中の何かを歌うだろう。彼女の演奏会は時間が短くて、多くても4部で、間にオーケストラが演奏する。まったく、彼女の歌を聴いたあとでは、誰でも休息する必要があり、それほど与える印象が強烈で、それほど彼女はアーチストとして興味深いのだ。」

        ほぼ同じ。

 

 

カラソフスキー版はここで終わっているが、オピエンスキー版では更に以下の記述で終わっている。

 

ショパンからヴォイチェホフスキへ 第11便#9.

カラソフスキー・ドイツ語版

オピエンスキー・ポーランド語版

 

「残念な事に、これ以上書く事がなくなってしまった;僕は君と別れるためにこの手紙を終えて席を立ちたくない―だから、君も僕を愛してくれるかね?

このインクでたくさん汚れた紙のために封筒を作らなければいけない。

パパ、ママ、その子供達、ジヴニーとみんな。

ゴンシエが言うには、君が来たら、彼が手紙に書くつもりだった事を君に話すつもりだと。」

 

ここでもそうだが、やはりこの「子供達」と言う表現は、そもそもこのように「パパ、ママ」が併記されていないと理屈の合わない表現なのである。

 

 [2012年1月25日初稿 トモロー]


【頁頭】 

検証9-10:グワトコフスカはこうして「理想の人」にされた

ショパンの手紙 その知られざる贋作を暴く

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