検証11:第2回ウィーン紀行と贋作マトゥシンスキ書簡――

Inspection XI: The journals of the second Viena's travel & the counterfeit letters to Matuszyński from Chopin -

 


13.愛国詩人ヴィトフィツキからの手紙―

  13. The letter from patriotism poet Witwicki -

 

 ≪♪BGM付き作品解説 ノクターン 第3番▼≫

 

今回紹介するのは、ヴィトフィツキがショパンに宛てて書いた手紙である。

 

■ワルシャワのステファン・ヴィトフィツキから、

ウィーンのフレデリック・ショパンへ■

(※原文はポーランド語、一部フランス語が混在)

183176日 ワルシャワ

親愛なるフレデリック様

あなたの記憶を呼び戻してもらうために、あなたが素晴らしい歌曲(※複数形)を書いてくれた事に対してお礼を言わせてください。私ばかりでなく、それらを知っている誰もがとても楽しんでいますし、あなたの姉妹達の歌声を聴く事ができれば、それがとても美しいと言う事があなたにも分かるでしょう。あなたは絶対にポーランド・オペラの創作者にならなければいけないし、それが出来ると言う強い信念が私にはあり、ポーランドの国民的作曲家として、あなたの才能は非常に豊かな道を切り開き、あなたに名声をもたらすと確信しています。私はあなたに、一つの事を念頭に置いて欲しいと願っています;それは、国民性、国民性、そして再び、国民性です;これは、凡庸な作曲家にはほとんど意味のない言葉ですが、あなたのような才能にはそうではありません。国に固有の気候があるように、その国には固有のメロディーがあります。山、森、川、牧草地は、固有の内なる声を持っていますが、しかし全ての魂がそれをつかめる訳ではありません。スラヴのオペラは本物の才能によって、また感性と楽想の豊かな作曲家によって生命を与えられ、いつの日か新しい太陽のように音楽界に輝き、他の全てのものより高く昇り、またイタリア・オペラのような叙情性を持つ事ができるようになり、比較できないほどの深みを持つものとなるでしょう。私がその事について考える度に、親愛なるフレデリック様、あなたがこのスラヴ民謡の広大な宝庫に探り入る最初の人となるだろうと、甘い希望が湧いてきますし、もしもあなたがこの道に進まない場合は、自ら最上の栄冠を放棄する事になるでしょう。模倣は、才能の乏しい者のする事ですから、他人に任せてください。あなたは独創的で、国民的であるべきです;おそらく、最初は誰もが理解できないでしょうが、でも忍耐して精進すれば、あなたは後世に名を残す事になるでしょう。いかなる分野にせよ、技量を高めようと望むのであれば、我々は偉大な目標を持つ必要があります。あなたにこんな事を書くのをお許しください;私がこんなアドバイスや願望を言うのも、あなたの持っている才能を尊敬するがゆえと信じて下さい。もしもあなたがイタリアに行くのであれば、ダルマチアとイリュリアに時間をさいて、我々と兄弟の関係にある民謡に触れるといいでしょうし、きっとモラヴィアやボヘミアもいいでしょう。鉱物学者が山と谷で石や金属を探すように、スラブ民謡のメロディーを探してください。おそらく何曲かは書き留めておくに相応しいと判断する事でしょうし、それはあなたのためにとても有用なコレクションとなり、時間をかけても後悔はしないでしょう。私の落書きでご迷惑をかけてお詫び申し上げます、この問題についてはもう終わりにします。

あなたのご両親も姉妹達もこの上なく元気で、私はお会いする時間が持てて嬉しく思っています。当地での生活は、永久に続く発熱のようです。私は健康状態がひどくて残念ながら野戦部隊に加われません。私が薬に親しんでいる間に、他の人達は銃弾に親しんでいますが、私は国家防衛の砲兵隊の一員です。あなたはそちらで疲れて元気がないと聞いていますが、あなたの立場はよく分かります;祖国の存亡がかかっている時に、ポーランド人なら誰しも平静でいる事はできません。しかし、親愛なる友よ、あなたが祖国を離れたのは、あなたの芸術で自身を向上させ、ご家族と祖国に安らぎと光栄をもたらすためだと言う事を覚えておいて欲しいと、心から望みます。私が敢えてこのようなアドバイスをするのも、あなたの立派なお母さんの許可を得た上での事です。有益な仕事をする者は、不安や懸念に駆られる事なく、精神が自由でなければなりません。私はあなたの健康と幸運を祈っています。

あなたの友

ヴィトフィツキ

《使者》▼(※作品74-7)に作曲したように、他にも歌のために作曲する場合のために2篇同封します。変わった詩が付いていますが、気にしないでください、付け加えたのです。アデュー(※フランス語でさようなら)

 

[アドレス:] (※フランス語)

ムッシュ、ムッシュ

ショパン

ウィーンへ

*ステファン・ヴィトフィツキ(18021847)は、ポーランドの詩人でショパンの友人。1830年の蜂起が失敗した後、フランスに亡命した。ショパンは彼の詩の9篇に作曲しているが、主に1830年頃がその中心で、作品74として死後に出版された17曲に含まれている。]

ブロニスワフ・エドワード・シドウ編『フレデリック・ショパン往復書簡集』

CORRESPONDANCE DE FRÉDÉRIC CHOPINLa Revue Musicale)、

及び、「フレデリック・ショパン研究所(Narodowy Instytut Fryderyka Chopina)」より

 

この手紙は、カラソフスキーの時代には知られていなかったものである。

 

この手紙について、イワシュキェフィッチは以下のように書いている。

 

「最近、ショパンがポーランドの革命家たちのサークルと付き合っていたとか、さらに、そのサークルの結党にショパンが関係していたとかいうような説が現われている。しかし、そういうことを示唆するようなものは何もない。ショパンがモヒナツキー(マウリイチー、1804183411月革命の協力者、指導的批評家で政治記者、ピアノを弾いた)やウィトフィツキー(ポーランドの重要な詩人、民族主義の擁護者)、その他の当時の若い自由主義者たちとどの程度にしげく付き合っていたかについてはわからない。ウィトフィツキーが詩集『田園牧歌』という本の中表紙に書いたショパン宛の献呈の辞は183085日の日付を持っている(この献呈本はワルシャワ国立図書館に現存する)。この献本はそっけなく、非個人的なものだった。ウィトフィツキーがショパンに書いた手紙はただ一通だけしかなく、しかもウィトフィツキーがまだワルシャワにいたころのもので、ほとんど事務的な口調である(彼は1831年に亡命した)。この手紙は明らかにショパンの両親に頼まれて書いたものである。というのは、この手紙からは、パスケフィッチの軍隊から町を守る準備がちゃくちゃくと進行していたワルシャワに、ショパンが戻るのを止めさせようとする、かくされた意図が読み取れるからである。

またこの手紙では、ウィトフィツキーが八歳も年下のショパンに『親愛なるフレデリックさま』と呼びかけている。この他人行儀は、この二人の青年がひじょうに親しい間柄だったということを語っていない。二人の友情は亡命した時代、つまリパリ時代から始まるのである。パリ時代の、まったくちがった調子を持っている手紙やメモを見ると、ワルシャワ時代の手紙が堅苦しく不自然であることがよくわかる。」

ヤロスワフ・イワシュキェフィッチ著/佐野司郎訳

『ショパン』(音楽之友社)より

 

 

確かにイワシュキェフィッチの言う通りなのかもしれない。

ただ私がちょっと気になるのは、ヴィトフィツキがやたらとイタリアの民族音楽に精通し過ぎている点だ。

「フレデリック・ショパン研究所(Narodowy Instytut Fryderyka Chopina)」によると、彼はリトアニア出身で、1822年(当時20歳)にワルシャワに移住し、その経歴の中にイタリアは入っていない。

ただし、モヒナツキら4人の友人達とでグループを形成し、故郷の民謡や音楽に親しんでいた事jは書かれているので、その関係から知識を得ていたのかもしれないが、まるで自分で見聞きしてきたかのような口振りである。

ショパンにポーランド・オペラを書くように勧めていた事については、師エルスネルも同様だった。

しかしショパンは、パリ時代に入ると、その事に対しては何だかんだと理屈をこねて拒否反応を示すようになるのである。

しかしこの当時は、ショパンの中でもまだ、ポーランド・オペラの作曲に関しては暗中模索していたのではないだろうか。と言うのも、この18301831年にかけて集中的に歌曲が多く書かれているからで、どうもそれがその事を示唆しているように思われるからである。

     その事に関しましては、私の作品解説ブログで詳しく考察しているので、興味のある方はこちらをご覧になってみてください。

 [2012年10月7日初稿 トモロー]


【頁頭】 

検証11-14:「家族書簡・第9便」におけるカラソフスキーの嘘

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